ポストドクトラルフェロー

ライシャワー日本研究所ポストドクトラルフェローシップは、博士課程卒業直後の研究者が研究を続け、博士論文の出版を目指すことをサポートしています。フェローは、ハーバードの日本研究コミュニティと様々なかたちで関わり、教員、学生とともに研究に従事する機会が得られます。さらに、ジャパン・フォーラムで研究結果を発表する機会が設けられています。

2025〜2026年度ライシャワー日本研究所ポストドクトラルフェロー

フレデリック・フィールデン(博士号:2025年ケンブリッジ大学近世文学専攻)

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フレデリック・フィールデンは日本近世文学史の研究者であり、江戸時代後期に隆盛を極めた草双紙を専門としている。2025年6月、ケンブリッジ大学アジア・中東学部より、ラウラ・モレッティ教授の指導の下で博士号を取得した。

博士論文「Strategies of Adaptation: Constructing “Gōkan” in Late-Edo Japan」では、草双紙の発展最終形態である「合巻」に焦点を当てた。具体的には、合巻がどのように構築され、既存の作品をどのように再利用していたのかという問題を調査し、近世文学の原則(趣向・世界・その侭)と現代のアダプテーション理論という二つの異なる視点から、三つの研究事例を検討した。さらに、文学の技法や作者の言説、江戸時代の思考環境を総合的に考慮するため、新しい構造論を展開した。

ライシャワー日本研究所では、博士論文を加筆修正して出版準備を進めるとともに、新たな研究テーマとして、版権に基づく出版制度が次第に著作権を主張する法律枠組みへ進化していった明治時代において、合巻がいかなる影響を受けたかについて精査する。

ffeilden@fas.harvard.edu

ディアナ・ナーディ(博士号:2025年コロンビア大学東アジア言語文化専攻)

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ディアナ・T・ナーディは2025年にコロンビア大学より博士号(東アジア言語文化)を取得。現代日本文学とビジュアルメディアを専門としている。

博士論文「Countervisions of Postwar Japan」では、社会性と関係性への問いを通じて、健全な経済的・政治的・社会的体制という戦後の規範的ナラティヴを問い直す3つの文化的実践例を考察する。具体的には、英語圏の黒人文学の翻訳、貸本マンガ、沖縄生まれの写真家の石川真生による作品という、1950年代から1980年代にかけての3つの媒体を取り上げている。黒人文学理解に新しい枠組みを与えようとした日本の翻訳者たちの試み、貸本マンガとその劇画の暴力的な美学、そして石川真生のカメラによる再構築されたビジョンと人種との関係を考察しつつ、「Countervisions of Postwar Japan」は、冷戦の二元論にも、人種と国家という帝国主義的な理論にも縛られることを望まない人々が模索した、人間像の定義への3つの可能性を探求する。

ライシャワー日本研究所では、博士論文の出版に向け、加筆修正に取り組む。

dnardy@fas.harvard.edu

ダンカン・リール(博士号:2024年ボストン大学音楽民族学専攻)

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ダンカン・リールは2024年8月にボストン大学で博士号(音楽民族学)を取得。ライシャワー日本研究所ポストドクトラルフェローとして着任する前は、ボストン大学音楽学部にて1年間講師を務め、アジアの音楽、音楽とメディア・テクノロジー、実験音楽などの講義を担当した。

博士論文「Sound Sutures: Buddhism, Music, and Religiosity in Contemporary Japan」は、人口減少と宗教離れが進む中、音と音楽的実践がいかに個人とコミュニティを仏教の教えに調和・共鳴させるかという点について検証する。DJで音楽プロデューサーでもある16代目浄土真宗僧侶と九州の地方で行ったフィールドワークに基づき、読経と日常の中の仏教の音に関わる実践、メディア化された『般若心経』の音楽アレンジ、仏教讃歌、仏教における尺八の実践という4つのケーススタディの調査分析を行った。本論は、現代日本における日常生活の中の宗教的な音の響きについての音楽民族学研究の空白を埋めるもので、技術的近代性がいかに宗教的体験のあり方に影響を与えるかを明らかにする。また、宗教的組織のあり方が変容する中、複数のテクノロジーシステムによって組み込まれた音・音楽テクノロジーが、いかに組織的な危機を切り抜ける手段となり、宗教の継続を可能にするかを示す。そしてその中で音と音楽が、東洋と西洋、伝統と近代、聖と俗といった文化的・歴史的に堆積した二項対立を撹乱し、複雑化し、時には強化する働きがあるという点を論ずる。

ライシャワー日本研究所では、博士論文の出版に向けて加筆修正するとともに、日本を中心にメディア化された仏教の音と音楽実践のデジタルアーカイヴの構築に取り組む予定である。加えて、仏教的な音といわゆる「ニューエイジ」的スピリチュアリティやテクノ・サルベーショニズム(技術救済思想)、さらにヒーリンググッズやスピリチュアル商品の地域的および越境的な市場の絡み合いを調査する、新たな民族誌学・歴史研究プロジェクトも進める予定である。

dreehl@fas.harvard.edu

チョイェン・リ・ロゼンバーグ(博士号:2025年カリフォルニア大学ロサンゼルス校社会学専攻)

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チョイェン・リ・ロゼンバーグは、日本における労働移民制度に焦点を当て、移住労働関連の制度設計・改革・実施、また労働者の移動及び福祉等についての研究を行う。2025年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校社会学科より博士号を取得。2022-2023年には、フルブライト-ヘイズ博士論文海外研究フェローシップを受け、早稲田大学に所属し、博士論文のフィールドワークを実施した。

博士論文 「Labor Migration Programs in Japan: A Three-Step Pathway to Permanent Residence, but Precarious Labor for All」は、日本における2つの移住労働プログラム「技能実習制度」と「特定技能制度」のデザインと実施について考察する。日本での広範囲なフィールドワークに基づく実証データをもとに、これらの制度が技能ベースのルートによって移住労働者の自由と権利を向上させ、最終的に永住を可能にする一方で、実際には雇用主の変更等の自由や他の様々な権利を得ることが困難であり、両プログラムにおいて労働者にとって不安定な状況が続いている実態を明らかにしている。本論は、移住労働に関する公的及び民間のガバナンスの複雑な関係性を解明し、政策改革の意図と実際の成果との間の大きな乖離を明らかにすることで、ゲストワーかー制度の自由化における重要な課題を浮き彫りにする。

ライシャワー日本研究所では、博士論文の出版に向けて加筆修正を進める予定である。また、移住労働者の労働争議の解決と、彼らが置かれている不安定な状況の緩和における日本の労働組合の役割についての新たな研究プロジェクトを開始し、学術雑誌で研究成果を発表することも計画している。

qiaoyanrosenberg@fas.harvard.edu

齋藤葵(博士号:2025年ノースウェスタン大学近代日本史専攻)

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齋藤葵は、文化・社会史を専門とし、近代日本史を中心に、ジェンダーとセクシュアリティの視点から研究を行う。専門は、東アジア、太平洋地域、そして国際的な交流に関する教育や研究にも及ぶ。歴史学を志す以前は、舞妓、後に日本語教師として勤務しながら、伝統的な日本の音楽(清元)と舞踊(井上流、藤間流)を修練した。これらの経験を活かし、唄の分析やオーラル・ヒストリー、インタビューの言語学的分析など、多様な手法を用いて研究を行う。

博士論文「遊廓、赤線、歓楽街の女性ネットワークと福祉政策」は、1920年代から60年代の東京を中心とした遊廓、赤線、歓楽街で売春に従事していた日本人女性の生活、思想、活動に焦点を当て、こうした境遇の女性が求めた福祉、これらの女性達を対象とした福祉に対する社会の認識、また、国家の福祉政策の展開について論じるものである。従来の研究が男性客や雇用主と女性たちの関係に焦点を当てていたのに対し、本研究は女性同士のネットワークの重要性を強調し、女性がどのように法的問題や差別的批判を乗り越え、自己管理能力および集団的自律性を発揮し、様々な立場の人間と関係を構築し、その結果、国家の福祉政策にどのような影響を与えたかを明らかにしている。そして、近現代日本における政策形成は、政府や活動家層だけでなく、社会的に管理される立場にあった売春に従事した女性の草の根レベルの動きによっても形作られたことを論じる。

ライシャワー日本研究所では、博士論文の出版に向けた執筆を進める予定である。また、次の研究プロジェクトの第一段階として、戦時下の太平洋地域における軍用売春宿に関わった日本人および沖縄出身の女性たちのネットワークとその移動パターンに着目し、彼女たちの個人的なつながりと移動手段が戦争の混乱の中でどのように生存戦略として機能したかを研究する。

asaito@fas.harvard.edu