ポストドクトラルフェロー

ライシャワー日本研究所ポストドクトラルフェローシップは、博士課程卒業直後の研究者が研究を続け、博士論文の出版を目指すことをサポートしています。フェローは、ハーバードの日本研究コミュニティと様々なかたちで関わり、教員、学生とともに研究に従事する機会が得られます。さらに、ジャパン・フォーラムで研究結果を発表する機会が設けられています。

2022〜2023年度ライシャワー日本研究所ポストドクトラルフェロー

エミリー・コール (博士号:2022年オレゴン大学日本歴史専攻)

 

エミリー・コールは2022年にオレゴン大学の歴史学部より博士号を取得した。日本近代史を専門とし、特に戦後日本の写真に関心を持つ。

博士論文『Re-Imaging Japan: Photographing a “New Cultural Nation”』では、アジア太平洋戦後の占領下において、日本の写真家が新しい日本の文化的アイデンティティを視覚化する上で果たした役割を考察する。

本論文では、敗戦前の日本社会に浸透していた軍国主義と超国家主義を放棄したいと考えていた日本人写真家たちが、写真雑誌で見た米国のフォトジャーナリズムやヨーロッパのヒューマンインタレストの写真の技術を用いて、「新文化国家」としての日本を表現しようとしたことを実証する。また、占領時に在日米軍と米国人フォトジャーナリストが撮影した写真も研究対象としている。当時の日米の写真家が撮影した写真を検討することで、彼らがお互いをどのように認識していたかがわかる。日本の写真家は、連合国軍 (GHQ) と米国人の様子を肯定的にも批判的にも表現した。一方で、米国人写真家の多くは、GHQによる日本の民主化政策を称賛する傾向があった。

ライシャワー日本研究所では、博士論文に基づき、出版に向けて原稿を執筆する予定である。また、新たに連合国軍とアメリカの民間フォトジャーナリストが撮影した日本の写真について論考する予定である。

ecole@fas.harvard.edu

 

小池エバン (博士号:2022年ブリティッシュ・コロンビア大学人類学専攻)

 

小池エバンは、2022年にブリティッシュ・コロンビア大学人類学部で博士号を取得。専門は21世紀の日本におけるジェンダー問題、家族生活、世代交代。また、東アジアのボランティア活動や教育制度にも関心を持つ。

博士論文『Raising Smiling Fathers: The Construction of Masculinity in Japanese Nonprofit Organizations That Promote Engaged Parenting』では、父親の子育てへの参加を支援するファザーリング・ジャパン等の日本のNPO法人を取り上げ、父親のジェンダー・パフォーマンスに育児、家事、共感行動を取り入れることを奨励するこれらの団体の取り組みの有効性を検証した。このようなNPO法人や地域密着型の子育てグループは、父親が一家の大黒柱という昭和の父親像から離れることが彼ら自身のより充実した生活、さらには母親の育児・家事の負担を軽減することにつながると主張している。幼い子どもを持つ父親を、日本が国として生き残るために必要不可欠な存在として位置づけ、父親も家事労働に参加することで、夫婦が子育てを実現可能で楽しいと感じることができ、その結果、国の低出生率の解決の一助となると考えられている。しかしながら、本研究を通して、現実には日本の社会制度・企業文化に根強く残る思想的・構造的な障壁が、子育ての改革に取り組むNPOの努力を阻み、多くの日本の家族の願いや幸福とは相反する現状となっていることが明らかになった。

ライシャワー研究所では、博士論文の出版に向けて、加筆・修正を行う予定である。また、新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的大流行におけるNPOの親への支援、ジェンダー役割、家族関係の変化に関する情報を加えた追加調査も計画している。

ekoike@fas.harvard.edu

 

カイル・ピーターズ (博士号:2021年シカゴ大学東アジア言語文化専攻)

 

カイル・ピーターズは2021年8月、シカゴ大学大学院の東アジア言語文化研究科より博士号を取得。2023年8月より香港中文大学の日本研究学科助教授として着任予定。研究テーマは日本の文化史とメディア研究、特に近代日本の哲学、美学、文学、雑誌文化である。

現プロジェクト『京都学派と全体性』(Kyoto School and Totality)では京都学派の「自己形成」という全体的な概念に注目し、分析する。とりわけ、京都学派と近代の印刷文化との関連を強調し、京都学派が世界的・近代的な社会問題に即して、「自己形成的」な社会全体論を展開したことを主張する。研究対象は、哲学者の西田幾多郎、和辻哲郎、三木清、中井正一等、また雑誌の「思想」、「哲学研究」、「新興科学の旗のもとに」、「美・批評」、「土曜日」等である。

ライシャワー日本研究所では、本プロジェクトの出版に向けて加筆修正し、さらに中井を英語圏に紹介する原稿・翻訳プロジェクトを行う予定である。

kylepeters@fas.harvard.edu

 

エミリー・シンプソン(博士号:2019年カリフォルニア大学サンタバーバラ校東アジア研究専攻)

 

エミリー • シンプソン博士は、2019年にカリフォルニア大学サンタバーバラ校東アジア研究学部より博士号を取得。また、ダートマス大学宗教学部で3年間、日本宗教の講師として勤めた (2019-2022)。世後期から近世にかけての寺社縁起を専門としており、縁起が神格化の構造、ジェンダーに関する宗教的言説に果たした役割について研究する。

博士論文、『Crafting a Goddess: Divinization, Womanhood and Genre in Narratives of Empress Jingū』(『女神を作られていく: 神功皇后伝説における神格化、女性とジャンル』)では、3世紀に生きたとされる女帝でありました巫女でもあった神功皇后が妊娠中に神々の助力を得て三韓征服を行い、日本に凱旋後に応神天皇になる息子(後に八幡神)を出産した伝説を考察する。長期持続のアプローチを取りながら、記紀の神話から中世および近世の寺社縁起に至る様々なジャンルを通じての、または主たる信仰(八幡と住吉信仰)と地方信仰(淡島信仰)の中に、伝説の変化と神功皇后の神格化を検討する。神功皇后が祭られた信仰はとりわけ多様であるため、人間が神格される方法、神々をつなぎ合わせていく仕組み、縁起の役割などを考察するため極めて有用な研究対象となる。さらに、中世後期から八幡信仰の広がりおよび母親と後継者となる男子の出生が重要な意味をもつ「家」制度の形成の影響うけ、妊婦としての神功皇后がを祀った神社が急増したことに注目する。この中で神功皇后が安産の女神とされ、女性を対象とした地方信仰の祭神にもなったことを明らかにする。

ライシャワー研究所では、本論文の中世後期から江戸時代までの部分を出版に向けて加筆・修正することに加え、神功皇后伝説と中世仏教の医学と胎生学の関わりを探る予定である。2作目の出版では、主たる神道信仰における神格化の構造を検討する。

ebsimpson@fas.harvard.edu

 

ダニカ・トラスコット (博士号:2022年カリフォルニア大学ロサンゼルス校日本文学専攻)

 

ダニカ・トラスコットは上代・中古文学を専門としている日本古典文学の研究者である。2022年にUCLAのアジア言語・文化学科より博士号を取得。

博士論文『Assembling the Man’yō Woman: Paratext and Persona in the Poetry of Ōtomo no Sakanoue』は、『万葉集』に最も多くの歌が残されている女性歌人、大伴坂上郎女を中心に考察を進めるものである。郎女は、万葉集における大きな存在であるにも関わらず、古典文学史や女流文学史における郎女の考慮は今までほとんどなかった。本論文は近年の万葉研究の動向として盛んである「テクスト論」を用いる。特にミシェル・フーコーの「作者機能論」とジェラル・ジュネットの「パラテクスト論」を使用しつつ、女性歌人だけではなく、郎女を大伴氏の代表者として再検討し、その歌を氏族全体の政治的地位を維持するものとして捉える。

ライシャワー研究所では、博士論文の焦点を大伴氏全体に広げつつ改稿し、出版用原稿の執筆を進めて行く。なお、クィア理論に基づいた枠組みを使い、和歌における思慕表現を分析する次のプロジェクトの予備研究を行う。

dtruscott@fas.harvard.edu