ポストドクトラルフェロー

ライシャワー日本研究所ポストドクトラルフェローシップは、博士課程卒業直後の研究者が研究を続け、博士論文の出版を目指すことをサポートしています。フェローは、ハーバードの日本研究コミュニティと様々なかたちで関わり、教員、学生とともに研究に従事する機会が得られます。さらに、ジャパン・フォーラムで研究結果を発表する機会が設けられています。

2023〜2024年度ライシャワー日本研究所ポストドクトラルフェロー

ケイトリン・カシエロ(博士号:2023年イエール大学東アジア言語・文学専攻)

 

ケイトリン・カシエロは、2015年にハーバード大学東アジア地域研究科より修士号、2023年にイエール大学東アジア言語・文学学科及びフィルム・メディア研究合同プログラムより博士号を取得。性のメディア化、アイデンティティ及びポリティクスの変容における性の役割を研究する。

博士論文『Sex on Screen in Japanese Cinema 1950s to 1990s』(『日本映画におけるスクリーン上のセックス(1950〜1990年代)』)では、セクシュアリティこそが映画において見せられるものと見せられないものの境界を規定するものである点を指摘し、戦後日本において性とジェンダーを取り巻く観衆の関心と社会的変容を牽引してきたことを論ずる。本論文では、20世紀における日本映画の主要な三つのテーマとして、1950年代の新東宝映画作品でエロティックな対象として描かれる海女、猥褻シーンとも捉えられる出産と性教育の場面、LGBT映画祭等に見られるLGBTコミュニティーの形成を通して創り出されたクイア・シネマを中心に論を展開する。いずれの章においても、歴史的研究と映画研究の精緻な分析を融合し、スクリーンに映し出される性関連の問題と様々な社会問題との密接な繋がりを解明する。その他、ファン研究、オタク文化、インターネット・メディア、サブカルチャーも研究対象としている。学術研究において、一般的・芸術的な要素を取り入れることを信条とし、映画、ポッドキャスト、一般向けの執筆活動にも取り組む。

ライシャワー日本研究所では、博士論文の出版に向けて加筆・修正する予定である。また、多くの映画に触れたいと考えている。

 

ミッシェル・ハウク(博士号:2023年コロンビア大学日本歴史専攻)

 

ミッシェル・ハウクは、2015年にセントルイス・ワシントン大学建築学科より修士号を取得後、2023年にコロンビア大学東アジア言語・文学科より博士号を取得。研究テーマは、現代日本の建築、技術、社会史。2024年8月よりセントルイス・ワシントン大学建築学科助教授に着任予定。

博士論文『Dwelling with Water: Tokyo Waterworks and the Remaking of the Urban Home, 1890–1990』(『水と住まい:東京水道と都市住宅のデザイン(1890–1990)』)では、20世紀の日本の建築史・文化史における水の役割を検討する。溜池から台所の蛇口まで、水の流通をたどりながら、東京の水道システムの改善によって水を取り巻く社会的習慣がいかに変化したか、建築デザインと技術の発展がいかに家庭における水の使用量・使用方法に変化を与えたか、また節水キャンペーンにおいて住居・家庭がどのような役割を担ったかを考察する。建築と技術の発展によって、より効率的に、便利に、衛生的に水資源にアクセスできるようになった一方で、水の源と排水の行方が見えづらくなり、これが人間と自然環境との関係に多大な変化を及ぼす点を論じる。

ライシャワー日本研究所では、本プロジェクトの出版に向けて加筆・修正を行う予定である。また、二作目の出版では、日本のプレハブ住宅メーカーの歴史を検討する。

 

マッシュウ・ケラー(博士号:2022年南カリフォルニア大学宗教研究専攻)

 

マッシュウ・ケラーは、2022年5月に南カリフォルニア大学宗教学部より博士号を取得。ライシャワー日本研究所ポストドクトラルフェロー着任前の2023年6月まで、南カリフォルニア大学教養学部でDornsifeフェローを務めた。中世の神信仰を専門とし、それに関連する縁起・説話の中でも特に密教的な特徴を持つ文学を研究する。

博士論文『The Appeal of the Fox: The Cult of Inari and Premodern Japan』(『狐の魅力:稲荷信仰と中世日本』)では、現在の京都伏見稲荷大社を中心とした稲荷信仰の成立と発展を考察する。中世以前の歴史書における稲荷に関する記述はごく稀にしか見受けられないが、中世に入ると稲荷大神の縁起・式・祭祀等は飛躍的に増加する。本論文では稲荷伝統を宗教学、歴史学、文学的、儀式学的、民俗学的な文脈で、学際的な観点から論じる。またこれらのテーマを通し、この単なる穀物神を国家鎮護さらには普遍福神に変化させ、ネットワークを再編成してきた著者達の技巧を説き示す。

ライシャワー日本研究所では博士論文の出版に向け、加筆・修正する予定である。加えて、最近検討している、寺社の森、文学に登場する鏡、空想科学小説における宗教に関する研究を進める。

 

ダニエル・サイジ・モンテイロ(博士号:2023年パリ・シテ大学東アジア人文学専攻)

 

ダニエル・サイジ=モンテイロは、2023年9月にパリ・シテ大学で東アジア人文学の博士号を取得。ライシャワー日本研究所ポストドクトラルフェロー着任前は、東京大学史料編纂所の外国人研究員として4年間在籍した。研究テーマは近世における知識流通の国際的ネットワークで、特に日本と東アジアにおける交差する宇宙観に重点を置いている。

博士論文『Monitored Connections: Transnational Nagasaki and the Circulation of Hybridized Cosmologies in Early Modern Japan (1630–1720)』(『監視下の交流—近世日本における国際港長崎と混成宇宙観の流布(1630-1720)』)は、徳川日本の学界は世界から乖離していたという従来の理解に反論するものであり、むしろ江戸時代の学者は厳しく規制された長崎港を通じて、国境を越えた幅広い知識体系と関わっていたことを論じる。また、長崎の文化的媒介者としての「書物改役」と「唐通事」の役割を中心に、混成宇宙論が長崎の学問をどのように形成し、徳川日本における斬新な思想の発展に長期的な影響を及ぼしたかを明らかにする。

ライシャワー研究所では学位論文の書籍化に取り組み、明清交代を背景とする17世紀長崎の「唐人」学者の視点を浮き彫りにしようと試みる。また、近世世界の様々な地域における「文明化」事業の影響を考察する2冊目の著書の執筆にも取り組む予定である。